興味ゼロで流していたのに、気づいたら前のめり
その番組には、まったく興味がありませんでした。
Netflixではおすすめの新作が勝手に流れる仕様になっていて、そこで中年男女の恋愛リアリティ番組が流れていて、それをBGM代わりに垂れ流していただけです。
ところが途中から、完全に画面に吸い込まれていました。人生の半分以上を走ってきた人たちの人生観が、とにかく濃い。恋愛の話のはずなのに、気づけば人生の話になっているのです。
出演者のなかには、同業の方もいました。人に寄り添うその姿勢は、同じ仕事をする身として、背筋が伸びるものでした。
「理屈で説明できない話」を、医学博士が語った
特に刺さったのは、ある医学博士の方の話です。
数字と症例の世界で生きている人が、「理屈では説明できない」自分の体験を、堂々と語っていました。エビデンスの住人が、エビデンスの外側の話をする。この構図だけで、もう面白いのです。
私は聞きながら、ドキっとしました。西洋医学の世界では説明がつかないそんな
「人間の力」の話だったんです。
「うまくいかない」の正体は、だいたい「無理だと思ってる」
私の持論です。人間は、最終的にやりたいこと(やると決めた事)しか行動に転換しません。
「やりたいと思ってても出来ない・時間がない」と言う人は多いのですが、その人の頭の中を丁寧にほどいていくと、たいていこう出てきます。無理な理由やできない条件をやりたいと思うと同時に考えているのです。
つまり望んでいないのではなく、「できない」と先に判決を出しているのです。
しかも頭の中の弁護士は、できない理由だけは驚くほど優秀に並べてくれます。
経験値は鎧になる。ただし、重い
年を重ねると、知識も経験も増えます。これは財産です。
ただ、それが「絶対」に格上げされた瞬間から、話が変わります。自分の思考のクセ、行動範囲、いつものパターン。そこから一歩も出ずに、やる前から「どうせこうなる」と決めてしまう。
決めつければ、たしかに失敗は減ります。でも、不安は1ミリも減りません。ここが面白いところです。安全運転のつもりで停車しているだけなので、事故は起きない代わりに、どこにも着かないのです。
決めつけているのに不安が消えないなら、その不安は、「本当はやってみたい」の裏返しなのかもしれません。
自由な世の中は、注文の責任も自分で持つ世の中
今は、いろいろな生き方が認められる多様性の時代になりました。いい時代です。
ただ私は、これを「メニューが増えた分、注文の責任も自分に回ってきた」ということだと思っています。選択肢が増えるほど、自己責任の比重も増える。ざっくり言えば、そんな世の中です。
そんな時代に、50代の男性が、自分の体験を土台に、考え方の枠を外していく姿を見せてくれた。素直に、勇気をもらいました。そして同時に、自分にもまだ「決めつけ」がびっしり張りついているのだろうな、と観念しました。
同じお客様でも毎回同じ状態ではない
この仕事をしていると、同じお客様からリピート頂く機会は多くあります。
お客様の身体の癖や気に入っている手技も完全に把握していきます。
でも、毎回お会いするたびに同じ状態であることはないはずです。
そういう決めつけや思い込みを出来るだけ捨て、フラットに向き合う
第六感、感知能力という人間の野性的な本能が働いてくれるはずです。
